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白寿と百寿

人生の節目ごとに色々な言い回しがある。
還暦、古希、喜寿、傘寿、米寿、卒寿、白寿、百寿、百二十歳になると大還暦。

今の時代は、人生の節目を祝うことが少なくなってきたかも知れない。
私の母方の伯母が、先日百歳になった。

伯母は、東京生まれの東京育ち。
関東大震災(1923年9月1日)の生き証人の一人でもある。
その日は、湯島にあった奉公先の郵便局で大きな揺れを感じたという。
幸いにも被害に遭わなかったが、上野駅周辺は火災が発生していたと言う。
当時、子どもは被災現場を見てはいけないと言われ、被災の様子までは記憶にないようだ。
目黒の実家から父親がおにぎりを届けてくれたのを覚えていた。

その伯母の百寿の誕生日会が、目黒の雅叙園であった。
縁のある親戚が集まり誕生日を祝った。

準備は、長年伯母の介護をしてきた従姉が取り仕切った。
当日まで、本人には内緒にしてあり、車で雅叙園に乗り付け、親戚一同が伯母を迎えた。
サプライズの演出が見事だった。

雅叙園の持てなしは見事で、二間続きの和室での食事は季節感があり、とてもおいしかった。
百歳になった伯母は、足が不自由なことを除けば、耳も目も達者で食事もきれいに食べていた。

当日は、スウェーデンの女性と結婚した孫とその子どもたちが、ストックフォルムからお祝いのため駆けつけた。
奥さんは仕事のため来日できなかったので、Macを使いustreamで百寿の食事会を実況中継したかったが、先方の都合で実現できなかった。
skypeやustreamを使えば、様々なイベントを共有することができるので、便利な時代になった。

さて、百寿の食事会は食事が終わり、紙で作られた花びらのメッセージカードに、それぞれがメッセージを書き、それを花束にして伯母に贈った。
会は曾孫たちからの花束贈呈で終わった。
みんなで更なる長寿を願い別れた。

百寿の食事会は、長年伯母の介護をしてきた従姉が一人で演出をした。
百歳の誕生日会に出席することは人生の中でも、そう経験できることはないと思う。
とても素敵な誕生日会だった。

百寿の記念に、カステラをいただいた。
日本橋の有名なM百貨店の扱う品だった。
家に帰り、包装紙を解くと、熨斗に祝百寿と記されていた。
箱を開けると、白寿 ○○子(伯母の名前)と書いてあった。
白寿?
白寿は百から一を取るので、九十九歳のことである。

どうやら、大手百貨店の手違いだったようだ。
写真を添えて、従姉にメールを送った。
メールを見た従姉から電話があった。
百寿の会のお礼に贈った品に手違いがあり困惑していた。

最後の最後に、百貨店の手違いで後味の悪い思いをさせてしまったが、お祝いの席は見事だった。
こうして、一族でお祝いができてとても有意義な一日だった。

これからも、従姉の家族の健康を願っている。

























at 00:38, chile-holic, 日記

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-, 2010/07/02 5:28 AM

管理者の承認待ちコメントです。










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